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ナローゲージスプリングポイント


インクラインを降りると、バッテリートロッコ乗り場がありました
一気にテンションも上がりますが、まずはこの見学会のメインである発電所を見学します
まず会議室のようなところで発電所とこの黒部ルートに関する映像を見てから発電機室へ
そこには地下とは思えない広大な空間が広がっていました


発電機室は20年に一度のメンテナンスとやらで発電機から水車が外されていました
手前のトロが載っているレールは右側にあるインクラインの駅方向へつながっています
一番奥には大型クレーンが見えますね

その後会議室へ戻って昼食&質問タイム
中島みゆきさんが紅白で歌った際に使われた応接室も見ることができました
それが終わって、いよいよトロッコに乗り込みます


黒部川第四発電所前駅ホーム


上のスプリングポイントの反対側です
奥に見える欅平側トンネルを少し入ったところで
中島みゆきさんが地上の星を歌ったそうです

位置情報(google map)

車内案内パネル


トロッコの車両内にあった専用鉄道の説明パネルですが
見事にブレてしまったので拡大できません
替わりに代筆させていただきます

上部専用鉄道について
建設の経緯

 この鉄道は、昭和14年に日本電力(株)(関西電力(株)の前身)が仙人谷ダム(黒部川第三発電所の取水ダム)の建設資材輸送路として、欅平上部から仙人谷ダムまで延長5.7kmを敷設したものです。(現在は、黒部川第四発電所までの6.5kmとなっています)
 このようなトンネルの輸送路となったのは、欅平から仙人谷ダムまでの河川勾配が1/24、標高差が250mという急峻な地形のため、欅平から川沿いに鉄道を延ばすことができなかったためで、エレベーターで標高差200mを昇り、この上部専用鉄道で残りの50mを徐々に上がっていきます。

鉄道の特徴
 ほとんどがトンネルで、素掘りの箇所が多くなっています。また建設資材輸送が目的であったことからトンネルの内径が小さく、さらに途中、高熱区域(現在のトンネル内は40℃程度)を通過するため、車両は蓄電式バッテリー駆動車と耐熱式客車を使用しています。

建設の苦闘
 このトンネルの掘削工事では、阿曽原から仙人谷までの間、約500mにおいて岩盤温度が160℃以上に達し、高温のもとでの作業に加え、爆薬の自然発火など、わが国のトンネル史上に残る難工事となりました。なお、これらの工事の様子は小説「高熱隧道」に詳しく描かれています。

※この上部専用鉄道の利用については、鉄道の現状を踏まえて当社従業員や工事関係者などに限っており、登山者など他の方々は「水平歩道」と「日電歩道」を利用されています。

 

仙人谷駅


途中仙人谷駅でトロッコが停車
川を渡る鉄橋の上に作られた駅は、窓から素晴らしい紅葉の景色が見えました
私はといえばそんなものには目もくれず、停車前の視界に捉えた分岐器を見に行くわけで・・・
写真は欅平方に停車したトロッコを背に発電所方面を見ています
分岐先は、仙人谷ダム方面へつながっているようです
この分岐器はスプリングではなく、手動転換するタイプですね
青い丸に横白線の標識と、上の青い開通方向表示灯が定位開通を示しています

同じような転轍機の写真はこちら(リンク先:wikipedia)
反位の標識は黄色い若葉マーク型に黒線になっています

位置情報(google map)

ルートマップ


右下の高熱隧道の説明文
黒部川第三発電所建設工事は、昭和11年に始まった。
仙人谷ダム建設のための黒部専用鉄道隧道工事では、阿曽原谷から仙人谷までのうち約500mの区間は、岩盤が65度から166度の高温で難工事をきわめた。またホウ雪崩が工事用宿舎を襲うなど、困難と尊い犠牲の上、昭和15年仙人谷ダム・黒部第三発電所は完成した。吉村昭著「高熱隧道」は、その苦労のドキュメンタリー小説である。

 

欅平上部駅


私たちをここまで運んでくれたバッテリー機関車です

ナローゲージスプリングポイント


欅平上部駅のスプリングポイント
ここから、奥に見えるアレにお乗換えです


黒部関電ルート目次
関電トロリーバス - 黒部ダム
関西電力黒部ルート - インクライン
関西電力黒部専用鉄道上部軌道 - 黒部川第四発電所前
関西電力黒部ルート - 欅平上部
関西電力黒部専用鉄道 - 欅平下部
黒部峡谷鉄道 - 欅平
黒部峡谷鉄道 - 宇奈月
  
コメント

 よく分かる案内図ですね。若かりし時は今のアルペンルートが無い時代で地鉄の終点から天狗、室堂、剱沢の3泊、剱岳へ登頂、仙人谷まで向かい渓谷沿いに欅平へ歩くコースでした。

帰り道、運がよければバッテリートロッコ、エレベータに乗せてもらえました。このコースは当時、3泊4日の上級者向きでした。

 さすがに、分岐器の専門家、よく写して来られましたね、執念そのものです。トッロコの思いは只、暗闇を・・・でした。

 また良い記事を期待してます。
---------- TAKATAKATAKA [ 編集] URL . 11/12, 08:13 -----

>TAKATAKATAKAさん
案内図は発電所の駅にもあったんですが(時刻表つき)
手ブレで見れない写真だったので仙人谷で撮り直しました

アルペンルートがない時代は、登山のルートだったのですね
今でも日電歩道と水平歩道は歩けるようですが
それでも年間数人は亡くなるという所のようです

執念・・・言い得て妙ですね(笑)
トロッコの途中に交換駅もいくつかあったのですが
暗い&車内では動けず、写真は撮れませんでした。心残りですね
---------- oomatipalk [ 編集] URL . 11/13, 00:54 -----
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